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「旅支度」


3月、旅行する予定も無かったがスイス政府観光局のパンフレットが一新したとのことで最新パンフレットを送ってもらった。その中の「ゴッタルド鉄道 125周年!」という一頁広告が頭から離れずにいた。GWを利用した5日間なら旅行できることに気付き、ANAインターネット予約を検索してみた。生憎往路便がキャンセル待ち状態だったが、キャンセルがでることを願って予約をすることにした。数日待ってみたものの一向にキャンセル者が出る様子がないので他に予約する手段がないかと考えた。そうだ、JALがあった!早速インターネットで検索すると乗り継ぎ便で予約可能だった。往路は関西空港→ドゴール空港→チューリッヒ空港、復路はチューリッヒ空港→ヒースロー空港→関西空港。残席が4席だったので興奮と焦りで乗り継ぎのことなど何も考えずに即予約した。4月半ばになりチケットが宅配で届きスイスへ行ける実感が沸いてきた。とともに不安も沸いてきた。ヒースローでの乗り継ぎ時間は2時間なのだが、ドゴールでの乗り継ぎが1時間20分。調べれば調べるほどドゴールでの乗継時間が短いことに気付く。JALに問い合わせると「規定時間以上ありますので大丈夫です」とのこと。しかし一人で乗り継ぎは初めて…大丈夫だろうか。
当地への手段は確保できたが現地での旅程はどうかというと、まったく何も考えていない。ホテルも予約していない。だからといって現地で好きなように行動すればいいというわけではなく、実はスイスに友人が居る。日本人ではなく、スイス人だ。しかも同じ鉄道マニア。ニックネームはフレッド。8年程前にスイスへ初一人旅した際、鉄道イベント見学中たまたま知り合い、その後英文で手紙やE-mailなどのやり取りをしていた。知り合った翌年のスイス旅行ではステイさせていただきフレッド家族共々親友であった。
フレッドに今回ゴッタルド線を訪ねたいとメールで伝えると「是非来なさい!部屋は用意できている。私と同僚カールの三人で一緒に撮影しよう!」という返事が届いた。


「旅路」


関空にはかなり余裕をもって出たので出発の2時間半前に到着。想像よりも人は少ない感じだったが、それでも人人人。チェックインカウンターに入る手前の機内預け荷物チェックで、長蛇の列となっていた。そんなに厳重な
ん!?と思っていたら、受付カウンターが込み合っているので人数制限しているための列。程無くチェックインカウンターへ。「乗継に要する時間が短いので可能なら前方の席にしてほしい」と申し出ると、エコノミークラスの最前列が空いており確保できた。



長いフライト(本当に長かった)も終わり、結局ドゴール空港には約15分遅れて到着した。乗継時間約1時間。しかも予定していたターミナルとは違うターミナルに到着。客室乗務員に言っても、「大丈夫です。間に合いますよ。」との返事。聞くだけ無駄。もうこうなりゃ~気合だぁ!機内を出てその先にある乗継案内モニターを確認。乗継便のゲート番号を調べる…調べる…調べる…あ、あった!…ん?なんだこりゃ~!該当の便名は見つかったが、ゲートNo欄には欧文でComputer xxxxx…(パニクっていたので最後まで読めなかった)と書いてあるだけで、どのターミナルかわかりません。そ、そ、そ、そんなぁ。ど、ど、ど、どうしよう。前方に空港係員が立っていたのでチケットを見せ、ターミナル?と問うとチケットに書いてある通りのターミナルの返事と下の階に降りてバスに乗れ!見たいな返事。またまた、え~い行っちゃえ~!ってことでチケットに載っているターミナルへ向かった。巡回バスはすぐ来て乗車できたが、途中のターミナルで停車し乗客は乗せないが運転手が替わった。が、チンタラチンタラと遅いのなんの。イライラする!目的のターミナルに到着。でもオレ含めて2人しか降りない。ん?やっぱ違うのか?…あ~、もうええわ!ええ~い、行っちゃえ~!入っていくとエールフランスのカウンターだけがあった。チケットを見せると、2階へ上がって1番カウンターだよ!と教えてくれた(たぶん)。向かうとスイスインターナショナルエアラインズのカウンターがありホッとしたのも束の間、1番カウンターはもう既に締め切られていた。え?間に合わなかった?うっそ~!どうしよう?と横を見ると総合カウンターが。またまたチケットを見せると「2番カウンターへどうぞ!」と。その2番カウンターでどういう対応になるのか緊張しながらいざ「チェックインぷりぃず!」。するとなんの問題もなく、チェックインOKだった!
約1時間程のフライト後、無事チューリッヒへ到着。入国審査で多少質問されたが何とか答えることができた(と思う)。で、スーツケース受取り…乗継が一時間だったので覚悟していたが、やっぱり到着せず…。仕方なくクレーム窓口へ。既に一人並んでおりその後に。順番が廻ってきたがどう話せばいいのか。とりあえずカウンターの男性に半券を渡すと、英語が喋れるかと問われたのでもちろんノー!するとその男性、日本語で「ダイジョウブ! ワタシ ニホンゴ スコシ デキマス」と。ナント日本語OKという。昔静岡に住んでいたとか。私の住所を見て「ヨイトコロ デスネ」とかそんなことまで言ってて。パソコンでスーツケースの所在を確認すると、まだドゴールにあるようだった。宿泊場所や連絡先電話番号などの応答後「ハミガキハ アリマスカ?」と言われたのだがパニクっていたので理解できず「は・み・が・き?」と答えると、「チョットマッテ!」と奥の方へ

走っていった。戻ってくると手にカバンを持っている。そのカバンを差し出して「コレ ツカッテ クダサイ!ナカニ シタギト ハミガキガ ハイッテマス ゴメンナサイネ」と。Tシャツとパンツとアメニティグッズが入っていて、正面に小さくスイスインターナショナルエアラインズのロゴ文字が入ったカバンだった!
「ニモツハ アス トドキマスヨ! 99パーセントオッケー!」と。パーセンテージは意味深だったが日本語で程無く済ませられたのは幸いだった。
チューリッヒ空港のターミナル1出口付近でフレッドと待ち合わせ予定だったが、ロストバゲージの手続きで大幅に遅れたためフレッドの姿は無かった。旅行前にフレッドが、「到着が遅れたときは次便まで待っている」と言っていたので、次便が到着するターミナル2へ向かった。ターミナル2の出口付近で友人の姿が。「フレッド!」と呼ぶとこちらに気付き、握手を交わし7年振りの再会。


遅れた事情を説明しようにも何と言っていいのかわからず、ロストバゲージ書類を見せてなんとか理解してもらえた。スーツケースが明日届くことを願って友人宅へ向かった。友人宅へは列車で向かうため切符を購入。片道分は約17スイスフランだと思っていると、その倍の約35スイスフランを請求された。購入の際、フレッドが係員に話ていたので特別に何かあるのかと思っていた。購入後、刻印機で日付をスタンプする。(このスタンプをしなければ無効となり無賃乗車で罰せられる)するとフレッドが、「この切符は帰りも使うよ」と。ということは往復切符。しかも復路の利用日は無記入。復路利用時は同じように刻印機へ投入すればよく有難いシステム。「だからチケットは無くさないように!」とのこと。最寄り駅(BRUGG AG)まで乗車時間は約30分。その間フレッドは小さな独和辞書を持参して、その本を見ながら該当する単語を指差し会話をした。空港駅で列車待ちの際、フレッドが奥様へ連絡してパジャマと歯ブラシを用意しておいてあるよ!とか、明日から撮影に行く方面はどのあたりだとか、朝起きる時間は何時頃だとか、事細かく教えてもらった。
最寄駅に到着するとフレッドの奥様が出迎えており、握手してこちらも7年振りの再会。駅から自宅までは車で移動。7年振りにもかかわらず道順を覚えていた自分に驚きながら到着。家の中に入ると、懐かしい感覚が。前回利用した部屋を今回も使うのだと思い入ろうとすると、「(笑いながら)ノー!ノー!」と。その部屋には、列車のポスターや雑誌、パソコンなどがある息子さんのプライベー

トルームとなっていた。私が使う部屋は娘さんが以前使っていたという部屋に。こじんまりした部屋。ベッドの上にはパジャマと歯ブラシが。なぜかサイズもピッタリだった。三人でパンとハムの軽食をとった。食事中も独和辞書で二人からいろいろと話が。お二人の年齢や娘息子の年齢、私の年齢、日本語でImotoとaneの違いについてなど。日本で言う妹や姉、弟、兄といった関係を説明すると理解できたらしく、奥様の姉妹について教えてくれた。あっという間に夜12時近くになっていた。シャワーを浴びて寝ますと伝え、一日は終わった。日本時間、夜が明けたAM7時頃。

「ゴッタルド南部へ」


  撮影日初日の朝、6時に目覚ましをセットしていたがその半時間前から目が覚めてしまった。洗顔しようとトイレに向かうとフレッドとバッタリ。フレッドはシャワーを浴びるようだったのでお先にどうぞと譲った!ものの5分ほどで終ったのか、私を呼んで終ったことを伝えてくれた。しばらくするとキッチンからラジオの音声が…。キッチンと風呂場(トイレ)にはスピーカーが埋め込まれておりラジオなどの音声が流れるようになっていた。少し固めのパンとヨーグルト、それにコーヒーの朝食。パンにはバターと奥様手作りのジャムを付けておいしくいただいた。7時過ぎフレッドが運転する車に乗り、奥様に見送られながら出発!気温は少し低めであったが暖房を入れるほどでもない。交通量はさほど多くは無くスムース。大きな交差点は別として主要な交差点には信号機が無い、その代わりロータリーになっていた。農村地域では100キロほどのスピードで走っていた。
フレッドの同僚カールと待ち合わせ場所であるAltdorfに到着。カールと握手で挨拶(英語は苦手とのこと)。カールは後部席へ。これよりアウトバーンでゴッタルドへ向かうのだと思っていると途中のErstfeldにあるサービスエリアで「5分間撮影タイムだよ!(ファイブミニッツ フォト ストップと言っていた。日本で言うプチ撮影タイムという感覚だと思う)」と言って車を停めた。フレッドが反対車線にあるサービスエリアを指差していた。よく見るとAe6/6が見える。専用連絡地下道を使って反対側へ。カールの話ではゴッタルド125周年記念イベントの一つで、実車を運んできているとのこと。展示する為に仮設レールも敷き、もちろんバラストも。さすがに架線までは設置していなかった。ただ置い

てあるだけではなく、Ae6/6に食堂車を2輌連結し、実際にレストランとして営業していた。Ae6/6はCargoカラーに塗り替えられゴッタルド125周年のロゴがついていた。撮影タイムも終わり、いよいよゴッタルドへ向かう。今日はゴッタルドトンネルの南側で撮影しようという日程のためゴッタルドトンネルを通過する。このトンネルは約15キロと距離が長いためか、トンネル手前で大型車と中小型車に車線を分け更に信号機で数台ずつ通していた。トンネル内は想像以上に長く、何度も「そろそろ出口かな?」と思っていた。フレッドが「あと1キロで通り抜けるよ!」と言って、トンネル南側の天候はどうか?みたいなことを言っていた。


トンネルを抜けると同じく曇り空だった。Faidoでアウトバーンを下り、一般道をさらに南下。有名なLavorgo~Giornico間のダブルループも横目に見過ごしその先のGiornico付近でわき道へ入り、線路際の場所へ10時頃到着。古い建物が見られ、北部を望むと通り抜けてきたSt. Gotthardが見え、ここで撮影が始った。カールがダイヤグラムを持っていたため列車の通る時刻がおおよそ分かり助かった。だがダイヤは少し乱れている感じだった。しばらくすると晴れ間が覗き、このまま好天になるのでは!と期待したが、また曇ってきた。写真撮影も7年ぶりでしかも慣れていないデジタル一眼、うまく撮影できるかどうか。ビデオカメラでも撮影したが、写真をメインにしていた。
約1時間弱撮影を楽しんだ後、車で10分ほど戻りさきほど横目に通り過ぎたダブルループが見える場所に変更。直線で長い距離が必要な高低差も、螺旋状にぐるっと回りながら高低差と距離を稼ぐ場所がゴッタルドには沢山ある。ここは円が二つある。地図上では互いにズレているので2重にみえないが、実際はご覧の通り。




アウトバーン下の上段から進入してきた列車は右手奥の山中へ反時計回りで下って中段左手に現れ更に右側の山中へもう一度反時計回りしながら下り私達の手前に現れる。見ていても楽しい光景だ。




フレッド(帽子をかぶっている男性)とカールは各々ビデオ撮影していた。この場所も約1時間撮影を楽しんだ後、今撮影していた前方に移動。しかし線路より低い位置。どこで撮影するのかと思っているとカールが川原へ降りようとしていた。それも木々が密集しているところを無理やり降りようとしていた。それを見たフレッドは別の場所から降りられないか探す。が、見つからなかった。カールに続いて私も滑りそうになりながら川原へ降りた。フレッドも注意深く降りた。川原の大きな岩の上へ。見上げると3段になった線路が見えた。晴れていればさぞ素晴らしい光景だろう。上段から列車がゆっくりとした速度で下りてきた。その列車が中段に差し掛かる前、下段に逆方向の列車がループへ進入していった。このシーンを撮影しているとポツポツと雨が降ってきた。撮影後場所移動して中段のアウトバーン高架下へ。一般道の端から眼下を見下ろすと先ほど撮影していた付近が見渡せた。ふと時計を見ると時間の経つのは早いもので12時を回っていた。気持ち空腹感があったのは確かだった。カールと撮影場所を譲り合ったりしながら30分ほど撮影し、また場所移動。




次の場所へは朝来た道を戻る。Faido駅を過ぎたあたりで脇道へ。少し長い橋を渡ったところで車を停めた。この橋から同じように鉄道橋が見える撮影のポイントだった。カールはFaido駅の方を見ていて列車が見えたら教えるとのこと。反対方向からの列車は山手に隠れて見えない。と思っていたら頭上に架線柱が見えた。そう、ここもループ線。ループ線を通過するとその数分後に現れるということ。
フレッドは何故か今立っている橋の下に下りて行った。何をするのかと思いきや、撮影の際邪魔になる木をアーミーナイフで切り落としているではないか!!雑草といえば雑草だが、そこまでしなくてもと思った。しばらく撮影してアーチ橋の反対側へ移動することに。
反対側へ出るとそこには小さなトンネルが。そのトンネル、単線分しかなく、片方にはトンネルが無い。トンネル側は当初からの線路で、トンネルの無い側は複線化の際新設したとのこと。雨も本降りになってきたので雨を凌げる場所へ移動することにした。さきほど通過したFaido駅へ向かい構内で撮影することに。
Faido駅で撮影しながらようやく昼食。時刻は2時前。フレッドの奥様が作ってくれたサンドイッチを頂く。豪勢なサンドイッチではなくパンにチーズを挟んであるだけのシンプルなもの。日本のパンと違って噛めば噛むほど味が出るパン。食べている最中に列車が来ないことを願いながら多少早食い状態。スイスでは列車の接近を知らせるような警告音は無く、踏み切りも少ないため何時通るかわからない。だが信号機が見えると列車の接近を知ることができる。通常信号機は「赤」を表示しており、列車接近の数分前になると「青」表示に変わる。私達は信号機を見て判断した。信号機が青に変われば皆で「シグナル!」や「サイン!」と言い合って列車の接近を確認し合っていた。


食べ終わるとまたまた移動。途中、先ほどの小さなトンネル地点で列車がループ線を下りてくるのが見えたので急遽またそのポイントへ。着くと列車が通過した直後だった。しかし通過したのは先ほど見た列車ではない。よくみると小さなトンネルがある対向側の信号が列車の接近を示している。しかも逆方向で先に通過した列車を追いかけるように。この複雑な路線も有効に使っているようだ。列車の通過と同時にフレッドがドアを全開して「写真を撮れ!撮れ!」と。雨が降る中、フレッドの行動に驚いたが撮影をした。ビデオ撮影できていれば傑作(?)だったのだが、フレッドが「ソーリー」と言っていたので私は「ノー!オーケー!ネクストタイム!」と、次回に!という気持ちを込めて返事したところ、フレッドも「ヤー!ネクストタイム!」。次の撮影場所はゴッタルドトンネルの北側へ向かうことに。


  ゴッタルドトンネルを抜け、Wassenでアウトバーンを下り一般道を北へ向かい、線路を俯瞰できる場所に車を止め撮影タイム。雨は本降りだがそれも一つの景色となって良い雰囲気と感じていた。快晴での写真も素晴らしいが、雨天での写真も素晴らしいものだと感じていた。本来雨天なら撮影には出かけないであろうところを撮影できたこともフレッドとカールに感謝していた。
さてこの撮影ポイントでは列車は谷側の片側のみで上下運行していた。そのためダイヤが乱れているようだ。片側通行の原因は保線作業とみられ前方に保線作業者が数人見えていた。半時間ほどでさらに場所移動。雨も止む気配がなく、屋根のある場所にというこ

とでAmsteg-Silenenという駅構内で撮影となった。ここは「駅」だが今は停まる列車は無い。ホームへの通路も線路を挟んだ反対側への生活地下道となっていてホームへの階段は進入できないようロープが張られていた。このような停車する列車が無い駅は他にWassenも同じである。G?schenen~Erstfeld間はかなり前からバス運行に替わっている。
通過する列車の中には警笛で合図してくれることもあった。撮影中は気付かなかったが、運転手が通過の際、手を振っている様子が幾度か撮られていた。気さくな運転手が多いのか分からないが、何となく嬉しい気分になる。


この場所で1時間ほど撮影し、本日の行程は終わりとなった。時計を見ると17時。かなり充実した一日であった。撮影枚数も400枚を超えていた。帰りはカールと自宅前で「また、明日!」と握手して別れた。フレッドの家に向かうアウトバーンで並走する列車が見えた。するとフレッドは雨が降っているにもかかわらず窓を開けて列車と同じ速度で走行し「フォト!フォト!」と。撮り難い姿勢だったので傾いた写真になってしまった。Zug湖付近から一般道を走っているとまた並走する線路が現れた。フレッドがこの先に撮影ポイントがあるからプチ撮影タイムしよう!といい、M?hlauという駅名の矢印が出ていた看板どおりに曲がった。M?hlau駅に着いて気付いたがこの辺りでは路面が一切濡れていなかったことをみると全く雨は降っていない様子。構内へ向かうとシグナルが列車接近を示していた。すると早速列車が通過。撮影が終わるとフレッドが駅の端っこに良いポイントがあると言って移動した。その場所にくると周辺一帯が一望できる場所だった。ただ曇っているため景色は良くないが晴れていればマウンテンビューだという。列車が来るのを少し待ち、接近のサインが付いたと同時に雨も降り出し、遠くでは雷も聞こえる。結局撮影できたときには二人ともびしょ濡れ。


さすがにフレッドも疲れから眠気も出てきている。運転中、話しかける話題…というか英語でしゃべる内容が思い浮かばず、話しても一往復程度。フレッドは眠気がしてくると雨が降ろうが関係無しに窓を全開して眠気をとっていた。私が替わりに運転してあげたかったが、免許証もなくただ助手席に座っているだけだった。
フレッド宅に着いたのがPM7時頃。靴をスリッパに履き替え(日本のように脱いであがることはないが、皆ツッカケなどに履き替えていた)、撮影機材の整理&翌日の準備を済ませるとちょうどフレッドが私を呼んだ。キッチン脇の小テーブルへ向かうと食事の準備が出来ておりフレッドと奥様と私の3人で夕食をいただいた。大きなボールにサラダがテンコ盛り。お先にどうぞとすすめられ皿に盛る。ドレッシングをもっとかけるか?とのことだがノーサンキュー!と。フレッドはオイルをかけ足していた。そのオイル、聞くと原料はパンプキン。それなら色はオレンジ色!と思いきや黒っぽい。それはかぼちゃの種のオイルだった。フレッドが少し舐めてみるか?と小さじに用意してくれた。試飲したが、ん~なんと言うべきか…。テーブルにはこのサラダだけだったので晩御飯はこれだけなんだ!と思ってしまい沢山食べた。が、しかしそんな訳は無い。奥様が新しいお皿を用意してお肉(鶏肉)とポテトとグリンピースが。これはビックリした!といいつつ美味しく完食。食事中、フレッドが「スイスで一般的な料理はジャガイモを使った『レシティ』という料理だ!」って教えてくれた。ただ、日本語読みだと「レシティ」と単純に読んでしまうが、ドイツ語でこの「レ」の発音は舌を巻きながら「ルレ」という感じ。そのまねをすると、そうそう!!と褒められたが恥ずかしい発音。
言い忘れていたが、先ほど帰宅した際、玄関に見覚えのある荷物が。そう、スーツケースが届けられていた。フレッド達へのお土産が入っていたので間に合ってよかった。フレッドへは日本の蒸気機関車鉄道模型を、奥様へは京都ちりめん細工をプレゼントした。
食事の後、フレッドの趣味の部屋へ招かれた。その部屋にはDVDプレーヤーが数台とデスクトップパソコン、超ビッグな筐体のデスクトップパソコンがあった。大きな筐体パソコンはビデオ編集専用で内臓HDDが4台装備され、5インチベイが5個という見たことも無い筐体だった。これだけビデオ編集に力を注いでいるゆえ、DVDディスクも100枚以上あると思われるぐらい専用ラックに仕舞ってあった。そのDVD書庫データもパソコンでデータ管理化されていた。恐るべしフレッド!それらの中から10枚ほどダビングしてくれた。ダビングが終わるのを待っていると12時近くなり、残りは明日ダビングするということで、シャワーを浴びてベッドへ。

「Erstfeld」
撮影二日目。だがゴッタルド撮影は今日まで。6時前に起床し洗顔を済ませた。その洗面&お風呂場について少しご紹介。6畳程度のタイル張り部屋で、入って目の前にトイレ、右奥隅に浴槽、左奥隅に洗面、左手前角にシャワーコーナーという配置。日本のものと明らかに違うのがシャワーコーナー。床から10センチ程の高さで一辺1メートルくらいの大きさで囲まれたホーローに、シャワーカーテンで囲ってある。この部屋に窓はあるが網戸の替わりにブラインドが(外側に)埋め込まれてあった。浴槽は半分蓋が閉められ、蓋の上にいろんな物品が置かれていたので浴槽としては使っていないようだ。トイレはウォシュレットではない。冬季の冷え込みは厳しいのか、ボイラー(以前は本当に小型のボイラーがあったが今は電動式)で家全体を暖房している。お風呂場の話しついでに部屋の間取りを簡単に。家の正面はガレージ。1階がガレージと洗濯場+ボイラー+猫の部屋、半分上がったところに玄関と趣味の2部屋(友人と息子)。息子さんの趣味部屋奥にはシェルターがある。またここから半分上がったところにキッチン+小食卓とダイニング+リビング、この階から庭に出れる。更に半分あがったところにプライベートルームが3部屋(このうち一部屋に泊めさせてもらった)とお風呂場といった間取りである。


さて、朝食後奥様に見送られながら出発、雨模様。この様子だと日中ずっと雨模様かと思っていたが、カールの家に近づくにつれ、雨は止み曇り空に。カールの住むAltdorfはウィリアムテルで有名な街。街の中心にウィリアムテルの銅像があった。カールの自宅まで出迎えカールとカール夫人とも握手を交わし、また3人でゴッタルドトンネルの北側にあるErstfeld駅へ向かった。
Erstfeld駅裏手の駐車場に停め、隣接の機関庫へ向かった。この機関庫には往年の機関車が保管されてあり撮影できるかもしれないとのことで、機関庫が見渡せる場所で待つことにした。機関庫の扉が開いており奥に往年の機関車が見えているが、出てきそうに無い。カールが通り過ぎる職員に問いかけていたが、確信ある返答はいただけなかった。雨もパラパラと降り出してきた。待つこと1時間。機関庫とは違う待避線からCe6/8II、通称クロコダイル

が現れ、駅構内へと向かって行った。その後ようやくAe6/6 URIという一台が機関庫から出てきて駅構内へ向かって行った。まだ奥に機関車が見え出てきそうだが30分ほど待っても出てこないため諦めて「駅構内へ移動しよう」とその場を離れようとすると同時に往年の機関車Ae8/14が出てきた。3人で慌てて戻った。周囲から見るとかなり変な人たち状態だっただろう。この機関車も駅構内へ向かったので私たちも駅へと向かった。




  雨は本降りになったが関係無し。駅の待避線で3輌の機関車が行ったり来たりを繰り返していた。その場面をビデオ撮影や写真撮影を楽しんだ。私たち3人以外にも鉄道ファンが来ていた。Ae6/6やCe6/8IIは以前に見たことがあったがAe8/14は初めて見る。しかも動いているところが見れ感動していた。Ae8/14が加減速する際、変わった大きな音が鳴っていた。ノッチを切替えたときの音ではないかと思っているが。これらの車輌が2往復したくらいでフレッドが「場所移動」という。車に乗って別の場所へ行くのかと思っていると、先ほどの機関庫前に戻ってきた。機関庫脇にある建物から出てきた職員にカールが何か話している。すると職員が「ヤ!ヤ!」と頷き、機関庫の方へ歩くとカールも付いて行く。カールとフレッドが手招きするでもなく声をかけるでもなく「一緒においで!」という表情をしたので私も付いて行った。機関庫の脇から入ると先ほどのAe6/6やAe8/14が既に入庫していた。その横にCe6/8IIが今まさに入庫。入庫シーンを撮影しAe6/6を撮影。Ce6/8IIに戻ると運転席へ招かれた。興奮していてじっくり見ることができず後悔している。


機関庫の裏に出てトラバーサーに皆乗り込み(?)移動。これまた変な体験ができ、続いて奥にある機関庫へ入った。倉庫兼憩いの場的に使われているスペースの脇に鍵のかかった機関庫が隣接してあった。


鍵を開けて中に入ると…ワニになる前のCe6/8IやFe4/4が保管されていた。撮影が終わり職員や運転手たちと御礼をいいながら握手を交わして機関庫を後にした。ゴッタルド125周年記念イベントの際、握手を交わした方たちが運転するとのこと。貴重な体験ができた。


  駐車場に戻ると12時過ぎ。Erstfeldを離れ、日本からのツアーで有名な「氷河急行」を撮影するためAndermatt駅へ移動。Andermattはゴッタルドトンネルのほぼ真上にある。ゴッタルドトンネル北側口G?schenenより幾つかのヘアピンカーブを通って峠へ。並走するMGB路線がかなりの急勾配ということが改めてわかった。30分ほどでAndermatt駅に到着。雨は止む気配すらない。


ホームには「氷河急行75周年」と書かれた元BVZ鉄道の機関車が停車していた。間もなくその横にDisentis方面に向かう氷河急行が入線してきた。新型パノラマ車両である。1両目には日本人観光客の団体が乗車していたがこの駅で下車して観光バスに乗り換え。しかもスーツケースを持って。なぜかバスの運転手に断って地下道を通らずに進入禁止の線路を渡っていた。恐るべし日本人団体。5分間停車後氷河急行は目の前のオーバーアルプ峠に向かってゆっくりと出発していった。この後逆方向に氷河急行が入線するまでの間、チケット売り場の椅子に腰掛け、フレッドの奥様が作ってくれたサンドイッチで昼食をいただいた。フレッドと私はサンドイッチを食べ、カールは自宅から持参したパンとハムを食べていた。パンは手で千切りながら食べ、小さなナイフを片手に薄くスライスしてハムを食べていた。


雨天で少し冷えるのでレストランで暖かい飲み物を飲もうということで、レストランへ。カールと私はコーヒーを。フレッドは紅茶を。フレッドの提案でこの後氷河急行を撮影後、車で先回りして美しいアーチ型鉄橋を通過する氷河急行を撮影することとなった。入線時間が近づいてきたので私とフレッドは先にレストランを出て、フレッドは準備のため車に向かった。私はホームへ向かった。


山頂付近からゆっくりと下りてくる氷河急行を撮影し、入線したところで皆車へ乗車。Andermattの街中を抜け、線路と並行に進み車を停められる場所に着いた。まだ列車は追いついていないが急いでビデオカメラをセット。と同時に列車が見え無事アーチ型鉄橋を通過する氷河急行を撮影できた。この機関車にも「氷河急行75周年」と書かれていた。こちらは元FO鉄道の機関車である。


  氷河急行の撮影後、保存蒸気鉄道「蒸気フルカ鉄道」(DFB)を見に行くことに。ただ冬季間で5月末までは営業していなく何を見に行くのかと思っていた。Realp駅近くにDFBの車庫と、完成間近な駅舎があった。車庫では金属やオイルの独特なニオイが漂っている中、十人程度蒸気機関車などの車両整備をしていた。皆ボランティアだということで、和気藹々とした雰囲気だった。


ゴッタルドへ戻るべく、上ってきた峠を下りG?schenen駅構内で撮影することにした。構内といっても旅客ホームではなく貨物ホームでの撮影だった。もちろん屋根は無く容赦なく雨がかかる。だがフレッドが傘で雨を避けていただけた。天候が雨でなければ沢山撮影ポイントがあったとフレッドとカールが悔やんでいたが、私にとってこんな撮影旅行は天候に関係なく感無量である。
ゴッタルドの撮影はこれで終了。帰路、カール宅へ招かれた。玄関で上履きに履き替えた。ここで感謝の気持ちも込めて日本からのお土産をカールへ渡した。日本から日本酒と(駄洒落でお菓子の)カールを。カールが「Come on!」と言うので一緒に階段を上がり、3階へ着くと一つだけ扉があり、カールが鍵を開けて中に入り、どうぞと。そこは…レイアウトルーム。10畳以上程の広さにゴッタルドをイメージした凹型のレイアウト。製作途中で、一部分のみしか情景はなかったがかなりの入り様。踏み切りは手元スイッチで動作し、オリジナルの音源が鳴りながら遮断機が上下する。見えている部分は意外と少なく、ほとんどが景色の下に隠れている。そのため螺旋ループを6回転して階下に。走行できる範囲で車両を走らせていただいたが、悠々と走る姿は模型界の醍醐味。


隠れいてる階下のメンテナンスはオリジナルのキャスター付座椅子に座って行う。レイアウトの構成なども書類にまとめられ説明していただけるが英語が苦手とのことで苦笑いも。岩肌は実物の岩を模り石膏で作っていた。ちなみにLoki2007年6月号にカール自身と、このレイアウトについて載っていた。載ると知らされていなかったので冊子を見た時は非常に驚いた。またカールのWebサイト(https://www.gotthardbahn.ch)もある。ただしドイツ語のみである。このあと1階に戻り、ダイニングでパンとハムとチーズの軽い食事をいただいた。室内は白が主体で床は大きなタイル張り。周辺は綺麗な住宅地だった。


今回の旅行でカールとはお別れ。何度も握手をして、「また来てくれ!!」「また逢いましょう!」と。カール宅を後にして、フレッド宅へ戻る。雨は前方の視界が無い状態にまで土砂降り。幾分小降りになってきたので近くの駅で少しだけ撮影タイムしようということになった。フレッドの眠気覚ましも兼ねていた。駅はSchwyz。そうスイスという名前の発祥地。詳しい話はガイドブックに任せるとして…。15分ほど撮影しフレッド宅へ戻った。
夕食は昨夕と同じような食事形態。まずサラダがボールに入って出てきた。その後、今夜はソーセージを。白いソーセージ。昨夜、奥様がソーセージは食べれる?と問いかけがあった。肉厚で食べ応えのあるソーセージだった。食べ終わった後は辞書片手に3人で会話を楽しんだ。昨日と今日撮影に行った場所を地図で確認したり、明日帰国するためのフライト時刻やフライトの情報など話した。そうそう、「必ず日本にも来て下さい!」とも。そう言うと奥様が百科事典の世界地図を持ち出して日本地図ページを開き、私の住んでいる場所はこの辺りですと伝えた。また今回の旅行経路を関空からだと伝えると、「ここに空港があったの!?」といった感じで驚いていた。スイスへの直行便は成田のみのため成田から来たものだと思っていたようだ。すると成田から私の自宅まではどれくらいか?や、空路はあるのか?など日本に関していろいろ話した。そういえばペットの猫も可愛がっていた。猫の名前は「チコ」。抱き上げたりはしないが、フレッドが問い掛けると空腹の時はご褒美欲しさにドイツ語っぽい泣き声で返事していた。

「別れ」
あっという間の滞在最終日。午後便で帰国するため近隣で撮影しようと以前から計画していた。昨日までは撮影中に降雨になるパターンだったが今日は朝から降雨。小雨決行。朝食後出発し、車で約15分程の場所で貨物線と旅客線が合流する地点にあるローカル駅で撮影。2階建てIC2000やICN、S-Bahnなど撮影した後、Z?richからBern・Basel方面とLuzern・Arth-Goldau方面へ分岐する地点へ移動した。

 


雨は止んでいるが、ここは空き地や田畑の真ん中なので屋根がない。降らないことを祈りながら撮影。列車の背後に古城が見渡せる良いポイントだ。しかし霞んでいて少し残念。ここもICNからS-Bahnまで多彩。Arth-Goldau方面から長編成貨物列車が通る地点でもある。1時間ほど経つと雨が本降りとなり場所移動。フレッドが、「ここから少し離れたところで、トンネルの入り口付近が良い撮影ポイントだが行くか?」と問われたが、近くの駅構内で撮影してみたい…と返事し、そちらへ向かうことに。しかし向かった先では、雨は本降りで場所的に好ポイントではないようなのでフレッドに、「申し訳ないですが、先ほど言っていたトンネルポイントに変更したい」と、英語は喋れないが気持ちを込めながら「ソーリー ポイントチェンジ トンネルポイント ゴー プリーズ」と伝えた。フレッドはオーケーオーケー!と言って向かってくれた。


小さな森林の中を通り抜けてトンネルポイントに到着するころには小雨になった。この場所も駅で雨でも大丈夫である。この駅も停車する列車の無い駅。フレッドもビデオ撮影していた。ただ、あまり頻繁に列車が通るところではなく、待ち時間は多かった。それに小さな子供とその祖父祖母が電車を見に来ていて賑やかに喋っていたのでフレッドは少し離れた場所で撮影していた。ここは小高い山の中腹に位置する場所で鶯の鳴き声が聞こえる静かな環境。


昼前になり最後の撮影を終えフレッド宅へ戻った。その途中、ガーデン用品等を販売している大きなお店に立ち寄った。店内には小さな蒸気機関車の引く可愛い列車があり、構内を周遊したり商品資材を運んだりしている。その見学にと立ち寄ってくれた。確かに見るだけだった。建物の中ではガーデン教室が開かれていて、フレッドが「ボンサイ」と言ってその教室内を指差した。そう、日本の盆栽教室をやっていたのだ。驚いたというより日本人より日本文化を大切にしていると実感していた。
  フレッド宅へ戻り荷物の整理をし終わる頃、フレッドが呼んだ。キッチンへ向かうと背の高い男性が立っていた。息子さんである。7年前はまだ中学生だったのだが、今は社会人。最近兵役を終ってスイス国鉄で働いていると聞いていたので、スイスの有名な機関車をデザインした日本製ネクタイピンをプレゼントした。昼食はダイニングで息子さん含めて4人でランチを楽しむことに。まずサラダボールで前菜。続いてテーブルの真ん中にお鍋が二つ。蓋を開けると片方にはライス、もう片方にはビーフシチューのような料理が。お先にどうぞと勧められたが、よそい方が分からないためフレッドが盛ってくれた。ライスにシチューをかける。ライスは若干パサパサであったが美味しかった。この後肉料理でも出てくると思って二杯目は遠慮した。次はフルーツ、イチゴとヨーグルトが出てきた。それならさっき断らずに二杯目いただいておけばよかったと後悔。それに口に合わないから二杯目を遠慮したと奥様に思われてしまったかもと更に後悔。すべて美味しく頂いた。
  荷物をまとめ、空港へ向かうことに。フレッドと奥様が空港まで見送っていただけた。息子さんとはランチだけだったが、互いに握手をして別れた。彼は良い旅行をと言ってくれたが、私は仕事頑張って!と言いたかったが英語でなんと言えばよいのか分からず、サンキューとだけ。フレッド宅を出発するころになると晴れ間がでてきた。最寄り駅に着き例の切符を刻印機へ投入。最寄り駅はZ?richの北西約30キロ付近にあるBRUGG AG。AGとはAARGAU州を示すとこのと。空港駅へはZ?rich HBに経由する列車と経由せず直接向かう列車がある。この列車は後者で、乗客が少ないと見込んで4輌編成と短い。最後尾車に乗車して空港駅へ。空港駅に着き階上へと上がるとチェックインカウンターがあった。カウンター自体はとても長いコーナーになっていたが、そのうち3箇所しか職員が座っていない。サッと並んだので3番目でチェックインできた。フレッドから沢山書籍を頂いていたため、スーツケースは20キロを超えていた。超過料金を徴収されるかと冷や冷やしたが取られなかった。チェックインするときフレッド夫妻が一緒に付いていてくれたので安心できた。なんとなくオヤジとお袋的存在の感じ。本当に親切にしていただけた。チェックインが終わると搭乗ゲートへ向かうことにした。搭乗ゲート手前に出国ゲートがある。搭乗時刻まで1時間程余裕があるのでお茶することに。滑走路が見える窓辺に腰掛、スイスで最後のコーヒー。別れの時間が近づいてくるとやはり寂しくなる。外は晴れ渡ってきて、あたかも『もっと来い!まだまだこれからだぞ!だから晴天にはしなかった!』とスイスが別れ際に言っているかのようだった。
  いよいよお別れの時。出国ゲートの前でフレッドと奥様と何度も握手をして、I don’t know how to thank you.と。二人はうなずいてくれた。是非日本にも来て!といい、これ以上二人を見ていると更に悲しくなるので(恥ずかしながら目がウルウル)、Good-bye! See you next time!と言って出国ゲートへ。またここから一人。でもフレッド達と楽しかったことを思い出しながら搭乗ゲートへ向かった。途中で手荷物検査があったが、スムースな流れでだった。係員の指示でカメラ類を出して機械に通した。もちろん問題は無い。搭乗口へ向かうと…ん?一階?は~っ?バス~!小型飛行機なのか?バスに乗車したがすぐに出発せず。10分以上待ったと思うが、男性が乗り込むと同時にバスは飛行機へと向かった。乗客数20人程度。エコノミーは3列+3列シート、エグゼクティブは2列+2列。乗客はエコノミークラスのみでガラガラ。ゆったりくつろぎながら2時間弱のフライト。
無事ヒースロー空港に到着。往路で緊迫した経験のおかげで、こちらは驚くほどリラックス。乗継モニターにはそのターミナルのみの表示だった。とりあえず「Flight Connections」という看板通りに進む。しばらく下りたり上がったり周ったり(?)を繰り返して、なにやら人が沢山居る場所に出てきた。よくみるとセキュリティチェックだった。とんでもなく長蛇の列。まっすぐ並ぶと収まりきれないので蛇行する形で並ぶ。乗継時間は余裕があったので、まぁ待つか。しかし進まない。中には乗継時間が無く、優先的に先へ進む乗客も。ただこれだけ並んでいるにもかかわらず検査ゲートが2箇所しかなく、検査も厳しいのか靴を脱がされている人、ペットボトルは持ち込めないことで抗議してる人。何時になれば順番がまわってくるのか…。列の3分の1ほど進んだ時、検査ゲートがもう一箇所開いた。後から並んだ人たちが、そのゲートから待ち時間無しで通過している。この光景にショックだった。かなり前から並んでいるこちら側を尻目に…あちこちでグチっぽい声が聞こえていた。ようやく順番になり、PCのみ出して通る。もちろん問題無し。結局通過に1時間かかってしまった。
乗継案内モニターで確認すると予定通りのゲート番号。巡回バスに乗車。途中他のバスと衝突しそうになりながら目的のターミナルに到着。無事チェックインも出来、あとは搭乗ゲートへ向かうのみ。チェックインカウンター近くに免税店がずら~っとある。一種のショッピングモールの様。どんなものが売っているのかブラブラ見学した後搭乗ゲートへ。
帰路はJALのため乗客のほとんどが日本人。あ、そういえば先ほどの免税店ブースで日本語の放送があった。「日本航空、JAL○○便東京行き、まもなく皆様を機内へご案内いたします。ご搭乗のお客様は○○ゲートへお越しください」と。本当にイギリス?ロンドン!?と思った。
座席はやはり狭い。しかしモニター付き、頭が左右へ倒れないようになっているヘッドレストがあった。これには好感が持てた。ほぼ満席状態で離陸。

突然の旅行にもかかわらず快くお世話頂いたフレッド夫妻・カール氏に心から深謝する。

堀川 brugg_iris@yahoo.co.jp

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